福島県天栄村羽鳥湖周辺の植生景観変遷1

合宿では年甲斐もなくはしゃいでしまったので、
帰ってきてからの孤独な生活とのギャップが甚だしい。
いまいち研究にも身が入らないしなあ。
あかんあかん。

さて、予告だけして引っ張り続けてきた福島県天栄村の話題をはじめたいと思う。

天栄村は福島県南部に位置し、
白河市あるいは須賀川市から少し西へ行ったところにある。
村は東西に長く、東部は平地と丘陵となっているが、
西部は標高が高く山がちな地形だ。
今回取り上げるのは、この西部、湯本地区にある羽鳥湖という
ダム湖周辺の植生景観についてである。

現在は宿泊施設や温泉をそなえた大型レジャー施設などがあり、
緑豊かな高原といった雰囲気の場所である。
しかし明治から昭和の前半にかけて、この地域は戦争や大規模公共事業など、
社会の荒波に揉まれに揉まれた、揉みしだかれた(語弊がある?)歴史を持っている。

まずはその歴史的背景から説明していこう。

【天栄村の伐採地】
天栄村伐採地

■旧陸軍軍馬補充部白河支部羽鳥出張所の設置と廃止

「軍馬」とは戦争で用いる馬のことである。
とくに日清・日露戦争時には、この軍馬が兵力・機動力として重要視されていた。
そこで、それを増強するために、各地に軍馬補充部という施設が設置されたのである。

この羽鳥に出張所が設置されたのが1905(明治35)年であった。
面積は260haであったという。
なお、白河支部全体では11,570haという広大な土地を有していた。

この軍馬補充部は敗戦とともに廃止となり、その土地は民間に売却されるなどしたが、
1955(昭和30)年にはその一部の土地が陸上自衛隊の演習場として再利用されることとなり、
現在にいたる。

長くなったので次回へ続きます。

参考文献:
西郷村(1978)『西郷村史』
西郷村(1989)『立村百年史』
天栄村(1990)『天栄村史』

コメント

講義おつかれ〜

ひょっとすると後で書く予定かもしれないけど、軍馬補充部が設置される前の植生とか、なぜ天栄村に設置されることになったのか、といった情報はあったりする?そのあたり興味があります。

軍馬補充部以前の植生の情報ほとんどないんですけど、最後に少しふれようと思っています。

設置された理由は、もともと白河周辺では江戸時代から馬産が盛んだったことで、白河支部が設置された。
そしてここからは想像になってしまうのですが、羽鳥に出張所ができたのは、施設の拡充にあたり、ここに比較的平坦で人の住んでいない土地がまとまってあったためと思われます。
ただし、ここがもともと古くから牧場であったというようなことは、調べた限りではなかったです。

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